2013年7月12日金曜日

北越雪譜 初編 巻之上 1.1.02.雪の形状 (ゆきのかたち)

1.1.02.雪の形 (ゆきのかたち)

凡そ物を視るに眼力の限りありて其の (ほか) を視るべからず。されば人の肉眼を以て雪をみれば一片 (ひとひら) 鵞毛 (がもう) のごとくなれども、数十百片の雪花 (ゆき) 併合 (よせあわせ) て一片の鵞毛を為す也。是を験微鏡 (むしめがね) に照し視れば、天造 (てんぞう) の細工したる雪の形状 (かたち) 奇々妙々なる事下に図するが如し。其の形の (ひとし) からざるは、かの冷際 (れいさい) に於て雪となる時冷際の気運ひとしからざるゆえ、雪の形、気に応じて同じからざる也。しかれども肉眼のおよばざる至微物 (こまかきもの) ゆえ、昨日の雪も今日の雪も一望の白糢糊 (はくもこ) を為すのみ。

下の図は天保三年 許鹿君 (きょろくくん) 高撰雪花図説 (こうせんせっかずせつ) に在る所、雪花五十五品の内を謄写 (すきうつし) にす。雪、六出 (りくしゅつ) を為す。 御説に曰く「凡そ物、方体 (ほうたい) は [四角なるをいふ] 必ず八を以て一を囲み、円体 (えんたい) は [丸をいふ] 六を以て一を囲む、定理 (じょうり) 中の定数 (じょうすう) (しう) べからず」云々。雪を (むつ) の花といふ事。御説を以てしるべし。

愚、按ずるに、 (まろき) は天の正 (しょう) (かく) は地の実位 (じつい) 也。天地の気中に活動 (はたらき) する万物悉く方円 (ほうえん) の形を失わず。その一を以ていふべし、人の (からだ) (かく) にして方ならず、 (まろ) くして円からず。是、天地方円の間に生育 (そだつ) ゆえに、天地の (かたち) をはなれざる事、子の親に似るに相同じ。雪の六出 (りくしゅつ) する所以 (ゆえん) は、物の (かず) 長数 (ちょうすう) (いん) 半数 (はんすう) (よう) 也。人の体、男は陽なるゆえ、九出 (きゅうしゅつ) し、[・頭・両耳・鼻・両手・両足・男根] 女は十出す。[男根なく両乳あり] 九は半の陽、十は長の陰也。しかれども陰陽和合して人を為すゆえ、男に無用の両乳 (りょうちち) ありて、女の陰にかたどり、女に不用の陰舌 (いんぜつ) ありて、男にかたどる。

気中に活動万物 (はたらくばんぶつ) 此理に (もる) る事なし。雪は活物 (いきたるもの) にあらざれども変ずる所に活動 (はたらき) の気あるゆえに、六出したる形の陰中 (いんちゅう) 或は、 (よう) (かたど) 円形 (まろきかたち) を具したるもあり。水は極陰 (ごくいん) の物なれども、一滴 (ひとしづく) おとす時はかならず円形をなす。 (おつ) るところに (はたら) (きざし) あるゆえに、陰にして陽の (まろき) をうしなはざる也。天地気中の機関定理定格 (からくりじょうりじょうかく) ある事、奇々妙々愚筆に尽しがたし。


註:
長数の「長」は、偶数のこと。「丁」 
半数の「半」は、奇数のこと。「半」 
陰陽では、偶数は「陰」、奇数は「陽」

六出(りくしゅつ)とは、雪の結晶を花に見立て、六弁あること。
六は、偶数なので「陰」



北越雪譜02a
験微鏡(むしめがね)を以て雪状(ゆきのかたち)を審(つまびらか)に視(み)たる図
此図は雪花図説の高撰中に在る所五十五品の内を謄写(すきうつ)す
是則(すなわち)江戸の雪也万里をへだてたる紅毛(おらんだ)の雪もこれに同じき物ある事高撰中に詳(つまびらか)也以て天の无量(むりやう)なるを知るべし

北越雪譜02b
世に雪輪といふは是なり


参照リンク:
私の北越雪譜 雪の形




単純翻刻

    ○雪の形

凡(およそ)物を視(み)るに眼力(がんりき)の限(かぎ)りありて其外(そのほか)を視るべからずされば人の肉眼(にくがん)を以雪をみれば一片(ひとひら)の鵞毛(がまう)のごとくなれども数(す)十百片(へん)の雪花(ゆき)を併合(よせあわせ)て一片(へん)の鵞毛を為(なす)也是を験微鏡(むしめがね)に照(てら)し視(み)れば天造(てんざう)の細工したる雪の形状(かたち)奇々(きゝ)妙々なる事下に図(づ)するが如(ごと)し其形(そのかたち)の斉(ひとし)からざるはかの冷際(れいさい)に於て雪となる時冷際の気運(きうん)ひとしからざるゆゑ雪の形気(かたちき)に応(おう)じて同(おな)じからざる也しかれども肉眼(にくがん)のおよばざる至微物(こまかきもの)ゆゑ昨日(きのふ)の雪(ゆき)も今日(けふ)の雪も一望(ばう)の白糢糊(はくもこ)を為(なす)のみ下の図(づ)は天保三年 許鹿君(きよろくくん)の高撰雪花図説(かうせんせつくわづせつ)に在(あ)る所(ところ)雪花(せつくわ)五十五品(ひん)の内を謄写(すきうつし)にす雪六出(ゆきりくしゆつ)を為(なす) 御説(つせ)に曰(いはく)「凡(およそ)物(もの)方体(はうたい)は[四角なるをいふ]必(かならず)八を以て一を囲(かこ)み円体(ゑんたい)は[丸をいふ]六を以て一を囲(かこ)む定理(ぢやうり)中の定数(ぢやうすう)誣(しふ)べからず」云々雪を六(むつ)の花(はな)といふ事 御説(せつ)を以しるべし愚(ぐ)按(あんずる)に円(まろき)は天の正象(しやう)方(かく)は地の実位(じつゐ)也天地の気中に活動(はたらき)する万物悉(こと/゛\)く方円(はうゑん)の形(かたち)を失(うしな)はずその一を以いふべし人の体(からだ)方(かく)にして方(かく)ならず円(まろ)くして円からず是天地方円(はうゑん)の間(あひだ)に生育(そだつ)ゆゑに天地の象(かたち)をはなれざる事子の親に似(に)るに相同じ雪の六出(りくしゆつ)する所以(ゆゑん)は物(もの)の員(かず)長数(ちやうすう)は陰(いん)半数(はんすう)は陽(やう)也人の体(からだ)男は陽(やう)なるゆゑ九出(きうしゆつ)し[・頭・両耳・鼻・両手・両足・男根] 女は十出(しゆつ)す [男根なく両乳あり] 九は半(はん)の陽(やう)十は長の陰(いん)也しかれども陰陽和合して人を為(なす)ゆゑ男に無用の両乳(りやうちゝ)ありて女の陰にかたどり女に不用(ふよう)の陰舌(いんぜつ)ありて男にかたどる気中に活動万物(はたらくばんぶつ)此理(り)に漏(もる)る事なし雪は活物(いきたるもの)にあらざれども変(へん)ずる所(ところ)に活動(はたらき)の気あるゆゑに六出(りくしゆつ)したる形(かたち)の陰中(いんちゆう)或は陽(やう)に象(かたど)る円形(まろきかたち)を具(ぐ)したるもあり水は極陰(ごくいん)の物なれども一滴(ひとしづく)おとす時はかならず円形(ゑんけい)をなす落(おつ)るところに活(はたら)く萌(きざし)あるゆゑに陰にして陽の円(まろき)をうしなはざる也天地気中の機関定理定格(からくりぢやうりぢやうかく)ある事奇々妙々(きゝめう/\)愚筆(ぐひつ)に尽(つく)しがたし

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