2013年7月14日日曜日

北越雪譜 初編 巻之上 1.1.09.雪を掃う (ゆきをはらう)

1.1.09.雪を掃う (ゆきをはらう)

雪を掃うは、落花 (らっか) をはらうに (つい) して風雅の一ツとし、和漢の吟咏あまた見えたれども、かかる大雪をはらうは、風雅の (すがた) にあらず。初雪の積もりたるをそのままにおけば、再び () る雪を添えて、一丈にあまる事もあれば、一度降れば一度掃う。 [雪浅ければのちふるをまつ] 是を里言 (さとことば) に、雪掘 (ゆきほり) という。土を掘るがごとくするゆえに、斯くいう也。掘らざれば家の用路を塞ぎ、人家 (じんか) (うずめ) て、人の (いず) べき処もなく、力強 (ちからつよき) 家も、幾万斤 (いくまんきん) の雪の重量 (おもさ) 推砕 (おしくだかれ) んをおそるるゆえ、家として雪を掘らざるはなし。

掘るには木にて作りたる、 (すき) (もち) う。里言 (りげん) に「こすき」という。 (すなわち) 木鋤 (こすき) 也。 (ぶな) という木をもって作る。木質軽強 (きのしょうねばく) して折るる事なく、且つ (かろ) し。形は鋤に似て () 広し。雪中第一の用具なれば、山中の人これを作りて里に売る。家毎 (いえごと) に貯えざるはなし。雪を掘る状態 (ありさま) は、図にあらわしたるが如し。掘りたる雪は、空地の人に妨げなき処へ山のごとく積み上げる。これを里言 (りげん) に「掘揚 (ほりあげ) 」という。

大家は家夫 (わかいもの) を尽くして力たらざれば掘夫 (ほりて) (やと) い幾十人の力を併せて一時に掘り尽くす。事を急に () すは、掘る内にも大雪 (くだ) れば、立地 (たちどころ) (うずたか) く、人力におよばざるゆえ也。[掘る処、図には人数 (にんず) を略してえがけり]

右は大家 (たいか) の事をいう。小家の貧しきは、掘夫 (ほりて) をやとうべきも (ついえ) あれば、男女をいはず一家雪をほる。吾が里にかぎらず、雪ふかき処は皆然 (みなしか) なり。此の雪、いくばくの力をついやし、いくばくの銭を費やし、終日ほりたる跡へその夜大雪降り、夜明けて見れば元のごとし。かかる時は主人 (あるじ) はさら也、下人 (しもべ) (かしら) (たれ) て、歎息 (ためいき) をつくのみ也。大低、雪ふるごとに掘るゆえ、里言 (りげん) に一番掘 (ばんぼり) 、二番掘という。



註:
「大低」低の字はそのまま。 
「国会図書館」「信州大学」「ヘルン文庫」「早稲田大学」全てにおいて「低」の字があてられている。岩波文庫のみ、「大抵」と校訂されている。




北越雪譜07b
屋上雪掘図(やねのゆきほるづ)

北越雪譜07c
左側 すき(鋤) 右側 こすき(木鋤)

北越雪譜07a
駅中積雪之図 (えきちゆうゆきのつもりたるづ) より 人家の雪を掘る



参照リンク:
私の北越雪譜 雪をはらう
雪国観光圏 北越雪譜 雪を掃ふ



単純翻刻


○雪を掃(はら)ふ

雪を掃(はら)ふは落花(らくくわ)をはらふに対(つゐ)して風雅(ふうが)の一ツとし和漢(わかん)の吟咏(ぎんえい)あまた見えたれどもかゝる大雪をはらふは風雅(ふうが)の状(すがた)にあらず初雪(はつゆき)の積(つも)りたるをそのまゝにおけば再(ふたゝ)び下(ふ)る雪を添へて一丈にあまる事もあれば一度(ど)降(ふれ)ば一度掃(はら)ふ [雪浅ければのちふるをまつ] 是(これ)を里言(さとことば)に雪掘(ゆきほり)といふ土(つち)を掘(ほる)がごとくするゆゑに斯(かく)いふ也掘(ほら)ざれば家の用路(ろ)を塞(ふさ)ぎ人家(じんか)を埋(うづめ)て人の出(いづ)べき処(ところ)もなく力強(ちからつよき)家も幾万斤(いくまんきん)の雪の重量(おもさ)に推砕(おしくだかれ)んをおそるゝゆゑ家として雪を掘(ほら)ざるはなし掘(ほ)るには木にて作(つく)りたる鋤(すき)を用(もち)ふ里言(りげん)に「こすき」といふ則(すなはち)木鋤(こすき)也椈(ぶな)といふ木をもつて作る木質軽強(きのしやうねばく)して折(をる)る事なく且(かつ)軽(かろ)し形(かたち)は鋤に似(に)て刃広(はひろ)し雪中第(だい)一の用具(ようぐ)なれば山中の人これを作りて里(さと)に売(うる)家毎(いへごと)に貯(たくはへ)ざるはなし雪を掘(ほ)る状態(ありさま)は図(づ)にあらはしたるが如(ごと)し掘たる雪は空地(あきち)の人に妨(さまたげ)なき処(ところ)へ山のごとく積(つみ)上るこれを里言(りげん)に「掘揚(ほりあげ)」といふ大家は家夫(わかいもの)を尽(つく)して力(ちから)たらざれば掘夫(ほりて)を傭(やと)ひ幾(いく)十人の力を併(あはせ)て一時に掘尽(ほりつく)す事(こと)を急(きふ)に為(な)すは掘(ほ)る内にも大雪下(くだ)れば立地(たちどころ)に堆(うづたか)く人力におよばざるゆゑ也[掘(ほ)る処図(づ)には人数(にんず)を略してゑがけり] 右は大家(たいか)の事をいふ小家の貧(まづ)しきは掘夫(ほりて)をやとふべきも費(つひえ)あれば男女をいはず一家雪をほる吾里にかぎらず雪ふかき処は皆然(みなしか)なり此雪いくばくの力(ちから)をつひやしいくばくの銭を費(つひや)し終日(しゆうじつ)ほりたる跡(あと)へその夜大雪降(ふ)り夜明(よあけ)て見れば元(もと)のことしかゝる時は主人(あるじ)はさら也下人(しもべ)も頭(かしら)を低(たれ)て歎息(ためいき)をつくのみ也大低(てい)[ママ]雪ふるごとに掘(ほる)ゆゑに里言(りげん)に一番掘(ばんぼり)二番掘といふ

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