2013年7月14日日曜日

北越雪譜 初編 巻之上 1.1.15b.白熊 (しろくま)

1.1.15b.白熊 (しろくま)

熊の黒きは雪の白きがごとく天然 (てんねん) の常なれども、天、公機 (こうき) を転じて白熊 (はくゆう) を出だすせり。

○天保三年辰の春、我が住む魚沼郡 (うおぬまこおり) (うち) 浦佐 (うらさ) 宿の (ざい) 、大倉村の樵夫、八海山に入りし時、いかにしてか白き児熊 (こくま) (いけど) り、世に珍しとて飼いおきしに、香具師 (こうぐし) [江戸にいう見世もの師の古風なるもの] これを買いもとめ、市場又は祭礼すべて人の (あつま) る所へいでて、看物 (みせもの) にせしが、ある所にて () もみつるに、大さ (いぬ) のごとく、 (かたち) は全く熊にして、白毛雪を欺き、しかも光沢 (つや) ありて天鵞織 (びろうど) のごとく、 () と爪は (くれない) 也。よく人に馴れて、はなはだ愛すべきもの也。ここかしこに持あるきしが、その終わりしらず。

白亀の改元 (かいげん) 白鳥 (しらとり) 神瑞 (しんずい) 、八幡の鳩、源家の旗、すべて白きは、皇国 (みくに) 祥象 (しょうしょう) なれば、天機白熊 (はくゆう) をいだししも、昇平万歳 (しょうへいばんぜい) 吉瑞 (ずい) 成るべし。

山家 (さんか) の人の話に、熊を殺すこと二三疋、或いは年歴 (としへ) たる熊一疋を殺すも、其の山かならず (ある) る事あり、山家 (さんか) の人、これを熊 (あれ) という。このゆえに、山村 (さんそん) の農夫は、 (もとめ) て熊を捕る事なしといえり。熊に (れい) ありし事、古書にもみえたり。



註:
・我が住む: 本文では、我が「か」濁点なし。
・大きさ狗(いぬ)のごとく: 本文では、ことく「こ」濁点なし。
・神瑞(しんずい): 本文では、(しんすい)「す」濁点なし。
・成るべし: 本文では、成るへし「へ」濁点なし。
・其の山かならず: 本文では、かならす「す」濁点なし。



参照リンク:
私の北越雪譜 白熊



単純翻刻


○白熊(しろくま)

熊の黒(くろき)は雪の白がごとく天然(てんねん)の常なれども天公機(てんこうき)を転(てん)じて白熊(はくいう)を出せり
○天保三年辰の春我(わ)か住(すむ)魚沼郡(うをぬまこほり)の内(うち)浦佐(うらさ)宿の在(ざい)大倉村の樵夫(きこり)八海山に入りし時いかにしてか白き児熊(こくま)を虜(いけど)り世に珍(めづらし)とて飼(かひ)おきしに香具師(かうぐし) [江戸にいふ見世もの師の古風なるもの] これを買もとめ市場又は祭礼すべて人の群(あつま)る所へいでゝ看物(みせもの)にせしがある所にて余(よ)もみつるに大さ狗(いぬ)のことく状(かたち)は全く熊にして白毛雪を欺(あざむ)きしかも光沢(つや)ありて天鵞織(びらうど)のごとく眼(め)と爪(つめ)は紅(くれなゐ)也よく人に馴(なれ)てはなはだ愛(あいす)べきもの也こゝかしこに持あるきしがその終(をはり)をしらず白亀の改元(かいげん)白鳥(しらとり)の神瑞(しんすゐ)八幡の鳩(はと)源家の旗(はた)すべて白きは 皇国(みくに)の祥象(しやうせう)なれば天機白熊(てんきはくいう)をいだししも 昇平万歳(しようへいばんぜい)の吉瑞(ずゐ)成へし
山家の人の話(はなし)に熊を殺(ころす)こと二三疋或(ある)ひは年歴(としへ)たる熊一疋を殺も其山かならす荒(ある)る事あり山家(さんか)の人これを熊荒(あれ)といふこのゆゑに山村(さんそん)の農夫(のうふ)は需(もとめ)て熊を捕(とる)事なしといへり熊に灵(れい)ありし事古書(こしよ)にもみえたり

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