2013年7月14日日曜日

北越雪譜 初編 巻之上 1.1.17.雪中の虫 (せっちゅうのむし)

1.1.17.雪中の虫 (せっちゅうのむし)

唐土蜀 (もろこししょく) 峨眉山 (がびさん) には、夏も積もりたる雪あり。其の雪の中に雪蛆 (せつじょ) という虫ある事、山海経 (さんがいきょう) に見えたり。 [唐土 (もろこし) の書] 此の説、空しからず。越後の雪中にも雪蛆 (せつじょ) あり。此の虫、早春の頃より雪中に生じ、雪消え終われば虫も消え終わる。始終 (ししゅう) 死生 (しせい) を雪と同じゅうす。字書 (じしょ) を按ずるに、 (じょ) 腐中 (ふちゅう) の蝿とあれば、所謂 (いはゆる) 蛆蝿 (うじばえ) 也。[虫旦] (だつ) (たい) の類、人を (さす) とあれば蜂の類也。雪中の虫は (じょ) の字に (したが) うべし。しかれば雪蛆 (せつじょ) は雪中の蛆蝿 (うじばえ) 也。

(もく) () () (ごん) (すい) の五行中、皆、虫を生ず。木の虫、土の虫、水の虫は常に見る所めずらしからず。蝿は灰より生ず。灰は火の燼末 (もえたこな) 也。しかれば蝿は火の虫也。蝿を殺して形あるもの、灰の中におけば (よみがえる) 也。又、 (しらみ) は人の熱より生うず。熱は火也。火より生じたる虫ゆえに、蝿も虱も共に暖かなるをこのむ。 (かね) の中の虫は、肉眼 (ひとのめ) におよばざる。冥塵 (ほこり) のごとき虫ゆえに、人これをしらず。およそ銅銕 (どうてつ) の腐るはじめは、虫を生うず。虫の生じたる所、色を変ず。しばしばこれを拭えば、虫をころすゆえ其の所、腐らず。錆びるは腐るの始め。錆の中、かならず虫あり、肉眼 (にくがん) におよばざるゆえ、人しらざる也。 [蘭人の説也]

金中、 (なお) 虫あり。雪中虫、無からんや。しかれども常をなさざれば、奇とし妙として唐土 (もろこし) (しょ) にも (しる) せり。我が越後の雪蛆 (せつじょ) はちいさき事、蚊の如し。此の虫は二種あり。一ツは (はね) ありて、飛行
(とびあるき) 、一ツははねあれども (おさめ) 蚑行 (はひありく) 。共に足六ツあり、色は蝿に似て (うす) く [一は黒し] 其の () る所は、市中原野 (しちゅうげんや) 蚊におなじ。しかれども人を (さす) むしにはあらず。験微鏡 (むしめがね) にて視たる所を、ここに図して物産家 (ぶっさんか) の説を () つ。



雪蛆の図(せつじょのず)

雪蛆(せつじよ)の図(づ)
此虫夜中は
雪中に
凍死(こをりしゝ)たるが
ごとく
日光を得(う)れば
たちまち
自在をなす
又奇(き)とすべし
色蒼(くろ)し




・字書(じしょ): 本文では「書」の字は、「晝」-「一」

は、昼の旧字の「晝」から最後の「一」の字を削った文字なので、
「昼」の最後の「一」の字を削って、とするのか。

・[虫旦](だつ): 本文では、(たつ)「た」濁点なし。
[虫旦]は、虫+旦

・蘇(よみがえる)也。: 本文では、(よみかえる)「か」濁点なし。
・腐らず: 本文では、腐らす「す」濁点なし。
・市中原野(しちゅうげんや): 本文では、(しちゅうけんや)「け」濁点なし。
・唐土(もろこし)の書(しょ): 本文では「書」の字は、先異字。




参照リンク:
私の北越雪譜 雪中(せっちゅう)の虫



単純翻刻

○雪中の虫(むし)

唐土蜀(もろこししよく)の峨眉山(がびさん)には夏も積雪(つもりたるゆき)あり其雪の中(なか)に雪蛆(せつじよ)といふ虫ある事山海経(さんがいきやう)に見えたり [唐土(もろこし)の書] 此説(せつ)空(むなし)からず越後の雪中にも雪蛆(せつじよ)あり此虫早春の頃より雪中に生(しやう)じ雪消終(きえをはれ)ば虫も消終(きえをは)る始終(ししゆう)の死生(しせい)を雪と同(おなじ)うす字[書](じしよ)を按(あんずる)に蛆(じよ)は腐中(ふちゆう)の蝿(はへ)とあれば所謂(いはゆる)蛆蝿(うじばへ)也[虫旦](たつ)は蠆(たい)の類人を螫(さす)とあれば蜂(はち)の類(るゐ)也雪中の虫(むし)は蛆(じよ)の字(じ)に从(したが)ふべししかれば雪蛆(せつじよ)は雪中の蛆蝿(うじばへ)也木火土金水(もくくわどごんすゐ)の五行中皆虫を生(しやう)ず木の虫土の虫水の虫は常(つね)に見る所めづらしからず蝿(はへ)は灰(はひ)より生(しやう)ず灰は火の燼末(もえたこな)也しかれば蝿は火の虫也蝿(はへ)を殺(ころ)して形(かたち)あるもの灰中(はひのなか)におけば蘇(よみかへる)也又虱(しらみ)は人の熱(ねつ)より生(しやう)ず熱(ねつ)は火也火より生たる虫ゆゑに蝿(はへ)も虱(しらみ)も共(とも)に暖(あたゝか)なるをこのむ金中(かねのなか)の虫は肉眼(ひとのめ)におよばざる冥塵(ほこり)のごとき虫ゆゑに人これをしらずおよそ銅銕(どうてつ)の腐(くさる)はじめは虫を生(しやう)ず虫の生じたる所(ところ)色(いろ)を変(へん)ずしば/\これを拭(ぬぐへ)ば虫をころすゆゑ其所腐(そのところくさら)す錆(さびる)は腐(くさる)の始(はじめ)錆(さび)の中かならず虫あり肉眼(にくがん)におよばざるゆゑ人しらざる也 [蘭人の説也] 金中猶(なほ)虫(むし)あり雪中虫無(なから)んやしかれども常をなさゞれば奇(き)とし妙(めう)として唐土(もろこし)の[書](しよ)にも記(しる)せり我越後の雪蛆(せつじよ)はちひさき事蚊(か)の如(ごと)し此虫は二種(しゆ)あり一ツは翼(はね)ありて飛行(とびあるき)一ツははねあれども蔵(おさめ)て蚑行(はひありく)共に足六ツあり色は蝿(はへ)に似(に)て淡(うす)く [一は黒し] 其居(を)る所は市中原野(しちゆうけんや)蚊(か)におなじしかれども人を螫(さす)むしにはあらず験微鏡(むしめがね)にて視(み)たる所をこゝに図(づ)して物産家(ぶつさんか)の説を俟(ま)つ

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