2013年7月17日水曜日

北越雪譜 初編 巻之上 1.1.19.雪中の火 (せっちゅうのひ)

1.1.19.雪中の火 (せっちゅうのひ)

世に越後の七不思議と称する其の一ツ、浦原郡 (かんばらこおり) 妙法寺村の農家炉中 (のうかろちゅう) の隅、石臼の (あな) より (いず) る火、人皆奇也として、口碑 (こうひ) につたえ諸書 (しょしょ) に散見す。此の火、寛文年中 (はじめ) (いで) しと旧記に見えたれば、三百余年の今において絶ゆる事なきは、奇中の奇也。天、奇を (いだ) す事一ならず。おなじ国の魚沼郡 (うをぬまこおり) に又一ツの奇火 (きか) (いだ) せり。天公 (てんとうさま) 機状 (からくりのしかけ) 、かの妙法寺村の火とおなじ事也。彼は人の知る所、是は他国の人のしらざる所なれば、ここに (しる) して話柄 (はなしのたね) とす。

越後の国、魚沼郡五日町といふ駅に近き西の方に低き山あり、山の裾に小溝 (こみぞ) 在り。天明年中二月の頃、そのほとりに (わらべ) どもあつまりて、さまざまの戯れをなして遊倦 (あそびうみ) 、木の枝をあつめ火を焚きてあたりおりしに、其の所よりすこしはなれて別に火、燄々 (えんえん) と燃えあがりければ、児曹 (こどもら) 大におそれ、皆々四方に逃げ散りけり。その中に一人の (わらべ) 家にかえり、事の仔細を親に語りけるに、此の親心ある者にて、その所にいたり火の形状 (かたち) を見るに、いまだ消えざる。雪中に手を入るべきほどの孔をなし、孔より三四寸の上に火燃ゆる。熟覧 (よくよくみて) おもえらく、これ (まさ) しく妙法寺村の火のるいなるべしと、火口 (ひぐち) に石を入れてこれを消し、家にかえりて人に語らず、雪きえてのち再びその所にいたりて見るに、火のもえたるは、かの小溝の岸也。火燧 (ひうち) をもて発燭 (つけぎ) に火を (てん) じ、試みに池中に投げいれしに、池中火を (いだ) せし事、庭燎 (にわび) のごとし。水上に火燃ゆるは妙法寺村の火よりも奇也として、駅中 (えきちゅう) の人々来たりてこれを視る。そののち銭に (かしこき) 人、かの池のほとりに混屋 (ふろや) をつくり、 (かけい) を以て水をとるがごとくして、地中の火を引き、湯槽 (ゆぶね) (かまど) に燃やし、又 (ともしび) にも () ゆる。池中の水を湯に[火覃] (わか) し、 (あたい) を以て (よく) せしむ。此の湯硫黄 (ゆおう) の気ありて、能く疥癬 (しつ) の類を () し、一時流行 (りゅうこう) して人群をなせり。

○按ずるに、地中に水脉 (すいみゃく) 火脉 (かみゃく) とあり、地は大陰なるゆえ、水脉は九分、火脉は一分なり。かるがゆえに、火脉は甚だ稀也。地中の火脉凝結 (こりむすぶ) ところ、かならず気息 (いき) (いだ) す事、人の気息のごとく肉眼には見えず、火脉の気息 (いき) に、人間、日用の陽火 (ほんのひ) を加うれば、もえて焔をなす。これを陰火 (いんか) といい、寒火 (かんか) という。寒火を引くに (かけい) の筒の焦げざるは、火脉の気、いまだ陽火をうけて火とならざる気息 (いき) ばかりなるゆえ也。陽火をうくれば、筒の口より一二寸の上に火をなす。ここを以て火脉の気息の燃ゆるを知るべし。妙法寺村の火も是也。是 () が発明にあらず。古書に拠りて考え得たる所也。


註:
・[火覃]の字は、


参照リンク:
私の北越雪譜 雪中の火



単純翻刻

○雪中の火

世に越後の七不思議(なゝふしぎ)と称(しよう)する其一ツ浦原郡(かんばらこほり)妙法寺村の農家炉中(のうかろちゆう)の隅(すみ)石臼(いしうす)の孔(あな)より出(いづ)る火人皆(みな)奇(き)也として口碑(かうひ)につたへ諸書(しよしよ)に散見(さんけん)す此火寛文年中始(はじめ)て出(いで)しと旧記(きうき)に見えたれば三百余年の今において絶(たゆ)る事なきは奇中(きちゆう)の奇也天(てん)奇(き)を出(いだ)す事一ならずおなじ国の魚沼郡(うをぬまこほり)に又一ツの奇火(きくわ)を出(いだ)せり天公(てんたうさま)の機状(からくりのしかけ)かの妙法寺村の火とおなじ事也彼(かれ)は人の知(し)る所是は他国の人のしらざる所なればこゝに記(しるし)て話柄(はなしのたね)とす
越後の国魚沼郡(うをぬまこほり)五日町といふ駅(えき)に近(ちか)き西の方に低(ひく)き山あり山の裾(すそ)に小溝在(こみぞあり)天明年中二月の頃(ころ)そのほとりに童(わらべ)どもあつまりてさま/゛\の戯(たはむれ)をなして遊倦(あそびうみ)木の枝(えだ)をあつめ火を焚(たき)てあたりをりしに其所よりすこしはなれて別(べつ)に火燄々(えん/\)と燃(もえ)あがりければ児曹(こどもら)大におそれ皆々四方に逃散(にげちり)けりその中に一人の童(わらべ)家(いへ)にかへり事(こと)の仔細(しさい)を親(おや)に語(かたり)けるに此親(このおや)心ある者にてその所にいたり火の形状(かたち)を見るにいまだ消(きえ)ざる雪中に手(て)を入るべきほどの孔(あな)をなし孔(あな)より三四寸の上に火燃(もゆ)る熟覧(よく/\みて)おもへらくこれ正(まさ)しく妙法寺村の火のるゐなるべしと火口(ひぐち)に石を入れてこれを消(け)し家にかへりて人に語(かたら)ず雪きえてのち再(ふたゝび)その所にいたりて見るに火のもえたるはかの小溝(こみぞ)の岸(きし)也火燧(ひうち)をもて発燭(つけぎ)に火を点(てん)じ試(こゝろみ)に池中に投(なげ)いれしに池中(ちちゆう)火を出(いだ)せし事庭燎(にはび)のごとし水上に火燃(もゆ)るは妙法寺村の火よりも奇(き)也として駅中(えきちゆう)の人々来(きた)りてこれを視(み)るそのゝち銭に才(かしこき)人かの池のほとりに混屋(ふろや)をつくり筧(かけひ)を以て水をとるがごとくして地中の火を引き湯槽(ゆぶね)の竈(かまど)に燃(もや)し又燈(ともしび)にも代(かゆ)る池中の水を湯(ゆ)に[火覃](わか)し価(あたひ)を以て浴(よく)せしむ此湯硫黄(ゆわう)の気ありて能(よく)疥癬(しつ)の類(るゐ)を治(ぢ)し一時流行(いちじりうかう)して人群をなせり ○按(あんずる)に地中に水(すゐ)脉と火脉(くわみやく)とあり地は大陰(いん)なるゆゑ水脉は九分火脉は一分なりかるがゆゑに火脉は甚稀(はなはだまれ)也地中の火脉凝結(こりむすぶ)ところかならず気息(いき)を出(いだ)す事人の気息のごとく肉眼(にくがん)には見えず火脉(くわみやく)の気息(いき)に人間(にんげん)日用(にちよう)の陽火(ほんのひ)を加(くはふ)ればもえて焔(ほのほ)をなすこれを陰火(いんくわ)といひ寒火(かんくわ)といふ寒火を引(ひく)に筧(かけひ)の筒(つヽ)の焦(こげ)ざるは火脉の気いまだ陽火をうけて火とならざる気息(いき)ばかりなるゆゑ也陽火をうくれば筒の口より一二寸の上に火をなすこゝを以て火脉(くわみやく)の気息の燃(もゆ)るを知(し)るべし妙法寺村の火も是也是余(よ)が発明(はつめい)にあらず古書(こしよ)に拠(より)て考得(かんがへえ)たる所也

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