2013年7月18日木曜日

北越雪譜 初編 巻之上 1.1.20.破目山 (われめきやま)

1.1.20.破目山 (われめきやま)

魚沼郡 (うをぬまこおり) 清水 (しみづ) 村の奥に山あり。高さ一里あまり、周囲 (めぐり) も一里あまり也。山中すべて大小の破隙 (われめ) あるを以て山の名とす。山の (なか) ばは老樹 (ろうじゅ) (えだ) をつらね、半ばより上は岩石 (がんぜき) 畳々 (じょうじょう) として、其の形竜躍 (りょうおど) 虎怒 (とらいか) るがごとく、奇々怪々 (ききかいかい) 言うべからず。 (ふもと) の左右に渓川 (たにがわ) あり、 (がっ) して滝をなす。絶景又言うべからず。 (ひでり) の時、此の滝壷に (あまごい) すればかならず (しるし) あり。

一年 (ひととせ) 四月の半ば雪の消えたる頃、清水村の農夫ら二十人あまり集まり、熊を狩らんとて此の山にのぼり、かの破隙 (われめ) (うろ) をなしたる所、かならず熊の住処 (すみか) ならんと、例の番椒烟草 (たうからしたばこ) の茎を (たきぎ) に交ぜ、 (うろ) にのぞんで焚きたてしに、熊はさらに () でず、 (うろ) の深きゆえに、 (けぶり) の奥に至らざるならんと、次の日は薪を増し山も焼けよと焚きけるに、熊はいでずして、一山の破隙 (われめ) ここかしこより (けぶり) をいだして雲の起こるが如くなりければ、奇異のおもいをなし、熊を狩らずして空しく立ちかえりしと、清水村の農夫が語りぬ。

おもうに此の山、半ばより上は岩を骨として肉の土薄く、地脉 (ちみゃく) 気を通じて、破隙 (われめ) をなすにや、天地妙々の奇工 (きこう) 思量 (はかりしる) べからず。



註:
・畳々(じょうじょう): 本文では、畳々(てふ/\)「て」濁点なし。
・雩(あまごい): 本文では、雩(あまこひ)「こ」濁点なし。
・熊はいでずして: 本文では、いてず「て」濁点なし。
・烟(けぶり): 本文では、烟(けふり)「ふ」濁点なし。



参照リンク:
私の北越雪譜 破目山



単純翻刻

○破目山(われめきやま)

魚沼郡(うをぬまこほり)清水(しみづ)村の奥(おく)に山あり高さ一里あまり周囲(めぐり)も一里あまり也山中すべて大小の破隙(われめ)あるを以て山の名とす山半(やまのなかば)は老樹(らうじゆ)条(えだ)をつらね半(なかば)より上は岩石(がんぜき)畳々(てふ/\)として其形(そのかたち)竜躍虎怒(りようをどりとらいかる)がごとく奇々怪々(きゝくわい/\)言(いふ)べからず麓(ふもと)の左右に渓川(たにがは)あり合(がつ)して滝(たき)をなす絶景(ぜつけい)又言(いふ)べからず旱(ひでり)の時此滝壷(たきつぼ)に雩(あまこひ)すればかならず験(しるし)あり一年(ひとゝせ)四月の半(なかば)雪の消(きえ)たる頃(ころ)清水村の農夫(のうふ)ら二十人あまり集(あつま)り熊(くま)を狩(から)んとて此山にのぼりかの破隙(われめ)の窟(うろ)をなしたる所かならず熊の住処(すみか)ならんと例(れい)の番椒烟草(たうからしたばこ)の茎(くき)を薪(たきゞ)に交(まぜ)窟(うろ)にのぞんで焚(たき)たてしに熊はさらに出(いで)ず窟(うろ)の深(ふかき)ゆゑに烟(けふり)の奥(おく)に至(いた)らざるならんと次日(つぎのひ)は薪(たきゞ)を増(ま)し山も焼(やけ)よと焚(たき)けるに熊はいてずして一山の破隙(われめ)こゝかしこより烟(けふり)をいだして雲(くも)の起(おこる)が如(ごと)くなりければ奇異(きい)のおもひをなし熊を狩(から)ずして空(むな)しく立かへりしと清水村の農夫(のうふ)が語(かた)りぬおもふに此山半(なかば)より上は岩を骨(ほね)として肉(にく)の土薄(つらうす)く地脉(ちみやく)気を通(つう)じて破隙(われめ)をなすにや天地妙々の奇工(きこう)思量(はかりしる)べからず