2013年7月23日火曜日

随筆春城六種 北越雪譜の出版さるゝまで 06.馬琴との絶縁

   六 馬琴との絶縁

其翌年には、新年早々京山から牧之に一書を寄せて切に「北越雪譜」の出版を慫慂して居る。其中に曰く、

越後雪物語の事さて/\残念に奉存候、つら/\おもふに、右の趣向の元祖と申すは亡兄が起立にて御座候間、馬琴にかまはず先年被下候貴君の草稿を種といたし合巻に作り候趣序文へしるし著述いたし候はゞ、馬琴がいかんとも申がたくあらんと存候、いかんとなれば右雪の趣向は京伝馬琴に先だつ事十年程と存候、先生の思召如何に御座候哉御窺ひ御指図次第に可仕候

又同じ書簡に重ねて曰く、

前に申上候如く、雪の合巻如何に御座候哉、此事先生は御存なく出版の上京山が北越の雪を新作に致候、是は先年京伝へ掛合いさゝかの草稿つかはし申候、是を京山が種にいたし作意いたし候事と存候とかなんとか申被遣候はゞ可然哉、私先生へ御あいさつなく作意候ても私へ罪を御せめ被成候事にもある間敷、馬琴より馬のしりをよこし候事もある間敷や、おぼしめしを伺ひ申候、御へだてなく御申越被下度候

即ち京山は百尺竿頭一歩を進めて、全体此雪の問題は自分の兄が思ひ立つたから生れ出たものである、此点からいへば自分の方が本家本元であるから、自分があなたに御相談なしに亡兄の遣り残しの仕事だと言ひ立てゝ出版したからとて、あなたから御叱りを受くべき筈の物でもあ
るまいし、馬琴からあなたに掛合があつても、それは俺の知らぬ事で、俺の方から京伝へ頼んだ当時遣つて置いた材料が残つてあつたのを種に、勝手に著作したのであるとあなたから御挨拶になつたら、馬琴から苦情の出る余地もなからうと、兎も角熱心に慫慂を試みて居る。

 此幾回かの慫慂に対しては、さすがの牧之も心を動かさずには居られなかつた。それも実は道理あることで、京山の書簡によつて見ても、牧之が京伝に頼んでからも既に十年も経過して居る。馬琴に頼んでからは幾年になるか分らぬが、これ亦数年かゝつて更に一枚の原稿さへ出来ぬといふわけで、牧之もだん/\老境に入つて来る、自然京山の熱心な勧めに対して応じたくもなつて来る。併しながら馬琴がなか/\面倒な人物であることは牧之もよく/\承知して居るので、如何にして之と手を切るべきかと頗る苦心したらしいが、結局手切れの談判と意を決して、そしてつひに絶縁を申込んだものと見え、その意味の事が牧之から京山に通ぜられて居る。



註:
慫慂 (しょうよう): 外部から誘い促すこと。

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