2013年7月11日木曜日

北越雪譜 初編 巻之上 1.1.01.地気雪と成る弁 (ちきゆきとなるべん)

北越雪譜初編巻之上

越後塩沢 鈴木牧之  編撰
江戸   京山人百樹 刪定


1.1.01.地気雪と成る弁 (ちきゆきとなるべん)

凡そ天より形を為して下す物、雨・雪・ (あられ) (みぞれ) (ひょう) なり。露は地気 (ちき) 粒珠 (りゅうしゅ) する所。霜は地気の凝結する所。冷気の強弱 (つよきよわき) によりて其の形を異にするのみ。地気天に上騰形 (のぼりかたち) を為して雨・雪・ (あられ) (みぞれ) (ひょう) となれども、温気 (あたたかなるき) をうくれば水となる。

水は地の全体なれば元の地に (かえる) なり。地中深ければかならず温気 (あたたかなるき) あり、地温 (ちあたたか) なるを得て気を吐き天に向かいて上騰 (のぼる) 事、人の気息 (いき) のごとく、昼夜片時 (ちゅうやかたとき) も絶ゆる事なし。天も又気を吐きて地に下す。是、天地の呼吸なり。人の (でるいき) (ひくいき) とのごとし。天地呼吸して万物 (ばんぶつ) 生育 (そだつる) 也。天地の呼吸、常を失う時は、暑寒 (あつささむさ) 時に応せず、大風大雨其の () さまざまの天変あるは、天地の (やめ) る也。

天に九つの段あり。これを九天 (きゅうてん) という。九段 (くだん) の内、 (もっとも) 地に近き所を太陰天 (たいいんてん) という。[地を去る事高さ四十八万二千五百里という] 太陰天と地との間に三つの (へだて) あり。天に近きを熱際 (ねつさい) といい、中を冷際 (れいさい) といい、地に近を温際 (おんさい) という。地気は冷際を限りとして熱際に至らず。冷温の二段は地を去る事甚だ遠からず、富士山は温際を越えて冷際にちかきゆえ、絶頂は温気通 (あたたかなるきつう) ぜざるゆえ艸木 (くさき) を生ぜず、夏も寒く雷鳴暴雨 (かみなりゆうだち) を温際の下に見る。[雷と夕立はおんさいのからくり也] 雲は地中の温気より生ずる物ゆえに其の起る形は湯気のごとし。水を沸かして湯気 (ゆげ) (たつ) と同じ事也。雲温 (くもあたたか) なる気を以て天に (のぼ) りかの冷際 (れいさい) にいたれば、 (あたたか) なる気、消えて雨となる湯気の冷えて露となるが如し [冷際にいたらざれば雲散じて雨をなさず]

さて雨露の粒珠 (つぶだつ) は天地の気中に在るを以て也。艸木 (くさき) の実の (まろき) をうしなはざるも気中に生ずるゆえ也。雲、冷際にいたりて雨とならんとする時、天寒 (てんかん) 甚しき時は、雨氷 (あめこおり) の粒となりて降り下る。天寒の (つよき) (よわき) とによりて、粒珠 (つぶ) の大小を為す。是を (あられ) とし、 (みぞれ) とす。[ (ひょう) は夏あり、その弁ここにりゃくす] 

地の寒強き時は、地気、形をなさずして天に升る微温湯気 (ぬるきゆげ) のごとし。天の (くもる) は是也。地気上騰 (のぼる) こと多ければ、天、灰色 (ねずみいろ) をなして雪ならんとす。 (くもり) たる雲、冷際に到り (まづ) 雨となる。此時、冷際の寒気雨を (こおら) すべき力たらざるゆえ花粉を為して下す。是雪也。地寒のよわきとつよきとによりて氷の (あつき) (うすき) との如し天に温冷熱の三際あるは人の (はだえ) (あたたか) に肉は (ひやや) か臓腑は熱すると同じ道理也。気中万物の生育悉く天地の気格 (きかく) に随うゆえ也。是、余が発明にあらず、諸書に散見したる古人の説也。



九天と太陰天のイメージ図
九天


参照リンク: 
私の北越雪譜 大地の精気が「雪」となる話



単純翻刻


北越雪譜初編巻之上

越後塩沢 鈴木牧之  編撰
江戸   京山人百樹 刪定


○地気(ちき)雪(ゆき)と成(な)る弁(べん)

凡(およそ)天より形(かたち)を為(な)して下(くだ)す物(もの)・雨(あめ)・雪(ゆき)・霰(あられ)・霙(みぞれ)・雹(ひよう)なり露(つゆ)は地気(ちき)の粒珠(りふしゆ)する所(ところ)霜(しも)は地気の凝結(ぎようけつ)する所冷気(れいき)の強弱(つよきよわき)によりて其形(そのかたち)を異(こと)にするのみ地気天に上騰(のぼり)形(かたち)を為(なし)て雨・雪・霰(あられ)・霙(みぞれ)・雹(ひよう)となれども温気(あたゝかなるき)をうくれば水となる水は地の全体(せんたい)[ママ] なれば元(もと)の地に皈(かへる)なり地中深(ちちゆうふか)ければかならず温気(あたゝかなるき)あり地温(ちあたゝか)なるを得(え)て気(き)を吐(はき)天に向(むかひ)て上騰(のぼる)事人の気息(いき)のごとく昼夜片時(ちうやかたとき)も絶(たゆ)る事なし天も又気を吐(はき)て地に下(くだ)す是(これ)天地の呼吸(こきふ)なり人の呼(でるいき)と吸(ひくいき)とのごとし天地呼吸(こきふ)して万物(ばんぶつ)を生育(そだつる)也天地の呼吸(こきふ)常(つね)を失(うしな)ふ時は暑寒(あつささむさ)時に応(おう)せず大風大雨其余(そのよ)さま/゛\の天変(へん)あるは天地の病(やめ)る也天に九ツの段(だん)ありこれを九天(きうてん)といふ九段(くだん)の内最(もつとも)地に近(ちか)き所を太陰天(たいいんてん)といふ [地を去(さ)る事高さ四十八万二千五百里といふ] 太陰天と地との間(あひだ)に三ツの際(へだて)あり天に近(ちかき)を熱際(ねつさい)といひ中を冷際(れいさい)といひ地に近(ちかき)を温際(をんさい)といふ地気は冷際(れいさい)を限(かぎ)りとして熱際(ねつさい)に至(いた)らず冷温(れいをん)の二段(だん)は地を去(さ)る事甚だ遠(とほ)からず富士山は温際(をんさい)を越(こえ)て冷際(れいさい)にちかきゆゑ絶頂(せつてう)は温気通(あたゝかなるきつう)ぜざるゆゑ艸木(くさき)を生(しやう)ぜず夏も寒(さむ)く雷鳴暴雨(かみなりゆふだち)を温際(をんさい)の下に見る [雷と夕立はをんさいのからくり也] 雲は地中(ちちゆう)の温気(をんき)より生(しやう)ずる物ゆゑに其起(おこ)る形(かたち)は湯気(ゆげ)のごとし水を沸(わかし)て湯気(ゆげ)の起(たつ)と同じ事也雲温(くもあたゝか)なる気を以て天に升(のぼ)りかの冷際(れいさい)にいたれば温(あたゝか)なる気(き)消(きえ)て雨となる湯気(ゆげ)の冷(ひえ)て露(つゆ)となるが如(ごと)し [冷際にいたらざれば雲散じて雨をなさず] さて雨露(あめつゆ)の粒珠(つぶだつ)は天地の気中に在(あ)るを以て也艸木の実(み)の円(まろき)をうしなはざるも気中に生(しやう)ずるゆゑ也雲冷際(れいさい)にいたりて雨とならんとする時天寒(てんかん)甚しき時は雨氷(あめこほり)の粒(つぶ)となりて降(ふ)り下(くだ)る天寒の強(つよき)と弱(よわき)とによりて粒珠(つぶ)の大小を為(な)す是(これ)を霰(あられ)とし霙(みぞれ)とす [雹(ひよう)は夏ありその弁(べん)こゝにりやくす] 地の寒強(かんつよ)き時は地気形(ちきかたち)をなさずして天に升(のぼ)る微温湯気(ぬるきゆげ)のごとし天の曇(くもる)は是也地気上騰(のぼる)こと多ければ天灰色(てんねずみいろ)をなして雪ならんとす曇(くもり)たる雲(くも)冷際(れいさい)に到(いた)り先(まづ)雨となる此時冷際の寒気雨を氷(こほら)すべき力(ちから)たらざるゆゑ花粉(くわふん)を為(な)して下(くだ)す是(これ)雪(ゆき)也地寒(ちかん)のよわきとつよきとによりて氷(こほり)の厚(あつき)と薄(うすき)との如(ごと)し天に温冷熱(をんれいねつ)の三際(さい)あるは人の肌(はだへ)は温(あたゝか)に肉(にく)は冷(ひやゝ)か臓腑(ざうふ)は熱(ねつ)すると同(おな)じ道理(だうり)也気中万物(きちゆうばんぶつ)の生育(せいいく)悉(こと/゛\)く天地の気格(きかく)に随(したが)ふゆゑ也是(これ)余(よ)が発明(はつめい)にあらず諸書(しよしよ)に散見(さんけん)したる古人(こじん)の説(せつ)也

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